宮田事務所

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パズルで学ぶ「とりあえずやってみる」の意味

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ゼリーのパズル - Google Play の Android アプリから画像を引用しています。

 

パズルで遊んでた時に、あ!と思ったことがありまして。

 

何でも「パズルの解き方」と同じで良いんじゃないかなと思ったんです。パズルの解き方って、多分、大多数の人が「まずはピースや駒を適当に触ってみる」だと思うんですよ。答えが全然分からなくても、頭の中ではそこまで準備せずにとりあえず触って、そこからヒントを見つけて、あ!ここか!って正解を見つけていく。難易度が高くなればなるほど、この解き方だと思うんですよね。年齢や性別なんかも関係なく、この解き方をしていくと思うんです。

 

パズルを解いてる時に、何かそれで全部良いんじゃないかと思ったんです。

 

私は神経質な心配性なんで、何に対しても心の準備が必要です。見切り発車なんかとんでもない。こわいんです。頭の中で、準備に準備を重ねるけれども、最終的には準備に疲れて実行できない。それに、シュミレーションした結果、「うまくいかないんじゃないか」と少しでも思えば、こわくなってそこでストップ。

 

ストップしたくせに、実行出来なかったことに罪悪感や劣等感を感じてしまう。そして成功している知人たちを羨んだり、僻んだりするっていう。失敗する前に失敗癖がついています……。

 

でも。

 

パズルの解き方がみんな大体同じなのと一緒。何かを達成するための過程も、みんなと同じようにやれば良いんだ。……とか、

 

見当がつかなくても、ピースを触りながら正解を見つけるのと同じように、心の準備などせずとりあえず準備なしでスタートしても、それがそもそも準備になっていくんじゃないか。……とか、

 

足りない 足りない!もっともっとやらなきゃ!って感じることを未来志向だと思い込んで、目の前の環境に不満を抱いてんじゃないだろうか。パズルを始める時だって、不完全な状態からスタートするけど、そこに不満を持ったりはしないよなあ。……とか。

 

なんだってそんなに心の準備しなくてもまあ大丈夫なんじゃないか。子どもも大人も解き方は一緒のパズルなんじゃないか。と、パズルやっててふとそう思ったら、ものすごい楽になりました。ゆったりした気持ちになったのです。

 

今の自分でも、今の環境でも十分幸せ。ありがたい。さて、そんなそこから、もう少し何かしてみる??……と思えたのです。そんなこと滅多にないんですけど。それが、もしかしたら「とりあえずやってみる」って言葉の本当の意味だったのかもしれないなと思って。

 

とりあえずやってみるって、なんて難しいんだろうと思ってたのです。パズルありがたや。